得ちゃんの一丁目1番地

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今月の放送

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DJ・映画監督 TERRYさん
2010年8月8日(日)・14日(土)

群馬県前橋市の人気DJで、映像監督のTERRYさん(写真右)。家業の畳店を次男として継ぐ傍ら、地元を拠点に音楽イベントのプロデュースや、その音楽と映像の表現方法で話題の監督です。なんと、実の兄も映画監督!知る人ぞ知る「呪怨」の清水崇監督(写真左)なんです。仲の良い兄弟2人にご出演頂き、本邦初披露夢のツーショットが実現しました。TERRY監督話題の初長編作品「ROCKIN' BROADWAY」(10月2日(土)よりシアターN渋谷にて上映)を中心に、お二人の映像作りへの想いを、未公開エピソードと共にご紹介!

得居 泰司


"得ちゃん"こと、ジェイコム東京の雑食ディレクター兼キャスターの得居泰司です。
生まれは下町江戸川区、育ちは一部ニューヨーク。エコなハイブリッドが流行ですが、私生まれも育ちも、異文化交流!昆虫のような「複眼的視野」で今日もちびカメ手に奔走中!ニュースはどっちだい!!

得一情報!
ここでは、得ちゃんからのとっておきの情報や、出演者・視聴者の皆様からの情報を掲載していきます。是非、番組までご一報を!

■映画「ROCKIN' BROADWAY」イベント/上映予定
①完成記念EVENT@高円寺HIGH 9月19日(日)14:00OPEN
出演:映画に登場するミュージシャンたち DJ TERRY
②映画上映 10月2日(土)~10月15日(金)
シアターN渋谷 レイトショー
初日は、監督などの舞台挨拶予定
TEL:03-5489-2592
特別鑑賞券 1,300円/一般1,500円/学生・シニア1,000円

■ドールハウス・ミニチュア作家の共同作品展
場所/池袋ルミネ前 オレンジギャラリー1F
期間/8月28日(土)11時-19時 8月29日(日)11時-17時

■随時入門者受付中ですよ!/扶桑一眞流 さくら塾剣志館
TEL:042-572-3619
住所:東京都国分寺市光町3-5-3

得一放送後記

『得一』放送後記 8月2010年8月16日(月)

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8月は突然ラストを迎えたと得一を予感するかのような豪華な一丁目一番地さん、
人気DJで映像監督のTERRY LEE SMITHさんとその兄で映画「呪怨」の清水崇監督のご兄弟をスタジオにお迎えして得ちゃん交えて『爆裂トーク」となりました。

TERRYさんが10年以上企画し、地元音楽仲間などと開いてきた音楽イベント「ROCKIN' BROADWAY」と同名の映画を制作。2007年以来3年をかけたその映画は、ドキュメントとドラマを融合し、実際に行われたライブ会場で、同時多発的にドラマ撮影も慣行した異色作品となりました。
映画のドラマシーンで主演するのは、なんと今年3月に放送した人気ロック」バンドHARISSの聡さん!
演ずるかつてのミュージシャンが自問自答するのが「夢見る先に待つものは」。

ロードムービーを制作した弟TERRYさんを、暖かく見守りその創造の世界に熱いエールを送る清水崇監督のテレビでのツーショットはこれが本邦初公開!
身内ならではのトーク、そして映画と音楽へのスピリッツ。最終回とはいいながら、「人の数ほど夢がある、歴史がある、人間探訪得ちゃんの一丁目1番地」らしい内容となりました。

皆さん!またいつか街角で会いましょうね!そのときまでお元気で!

『得一』放送後記 7月2010年7月23日(金)

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7月は板橋区のドールハウス作家の相澤 和子先生をご紹介しました。欧米で生まれた「縮尺1/12」の世界は、日本に渡り、その原点の装飾的なファンタジーと日本人の独特な感性が融合して、より叙情的・物語的な世界を開花した、そんな印象が深まる取材でした。
相澤先生のもとへ寄せられるミニチュアの依頼には、数々の人々のかけがえの無い思い出や、止めておきたい記憶がありました。
都内にあった大衆割烹店の亡き店主との思い出をかたどる遺族の、相澤先生の手がけたミニチュアハウスへの感動。相澤先生がいう「ドールハウスは人生そのもの」に現れているように姿はミニでも、その造形は心が共鳴するメッセージ。ぜひ皆さんも、小さくて深い世界を探訪してください!

『得一』放送後記 6月2010年6月28日(月)

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6月はな・なんと平成の世に抜刀剣術を創設した、国分寺市の大野孝夫さんをご紹介しました!
なぜこの平和な世平成に、真剣・しかも『人を斬る』意識で稽古をつみ試斬を繰り返すのかが取材の一番の関心となりました。

真剣は、保護者の同意の下小学生でも「門下」として、道場・剣志館では持つ事が許されます。
きっと怖い感じの師匠と門下の皆さんだと思って、やや緊張して取材に伺った得ちゃんを出迎えたのは、意外にも引き締まっていながもらひょうきんな扶桑一眞流(ふそういっしんりゅう)宗家・大野孝夫氏とその弟子たちでした。

大野氏は日本体育大学で学んだ多種のスポーツの動きを参考に実戦的な現代剣術およそ百手を考案、常に対面する巻きワラを刀を持つ人として意識し、相手の技に臨機応変に対峙するを常としていました。

現在多くの古武道、殊に剣術分野や、競技化した剣道、様式化した居合い道を超越した「真剣勝負」を扶桑一眞流は追及し、真剣を構えることは己も相手も共に命をかけた闘いとなる、その極限の境地に「命」や「闘いを好まず・愛する者を守る精神」を奇想天外な秘儀を通じ学んで欲しいと、今日も大野さん一門は剣を振っています。深いぞ平成剣術!

『得一』放送後記 5月2010年6月1日(火)

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5月の得一は、かつて大手企業に勤めながら、自分の子供の頃からの夢だった「漫画家」としての才能を発揮している水彩画家・高柳堅司さんをご紹介しました。

高柳さんは、中学生の頃は懸賞漫画に投稿し、大人になっても"さいとうたかを"のプロダクションに自分の作品を持ち込んで批評を受けたりと、積極的に漫画家の道に挑戦しましたが、道は険しく、夢をあきらめて就職をしました。
その就職先でイラストの腕を見込まれて、自分の会社の企業広告のイラストを数十年手がけ、毎月描いた作品が大手誌面に掲載されていたのでした。

水彩画を独学で学び、デッサンは通勤電車の中と、まさに昭和のモーレツサラリーマンと絵描きの道という二足のわらじがとても興味深いものでした。

番組で特別にお願いした、思い出の東京駅丸の内口でのスケッチでは、高校を卒業後、まだ詰襟学生服でサラリーマン1年生として歩みだした通勤初日のご自身の姿をイラストにして、今の心境を語ってくれた高柳さんは忘れられません。

「夢をいかに持ち続けるか?」そんな言葉が高柳堅司さんの現役サラリーマンでの活躍ぶりから退職後、水彩画家として活動するその姿に浮かびました。
ともすれば流されがちな現実の中でも、人は自分らしさや夢を忘れずにいると、きっとチャンスが来る。だからそのための努力も忘れない事が大切なんだよ!と今日も高柳さんのユーモラスなイラストや、透明感ある水彩画が語りかけてきます!

『得一』放送後記 4月2010年5月6日(木)

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4月は、現代の女性達を悩ませる婦人科系の病「子宮内膜症」のため十代から三度の手術を乗り越えたジャyズシンガーの若生りえさんをご紹介しました。

若生さん幼い頃からフルートに魅せられて、演奏家を夢見て音楽学校へと進学しました。
しかし入学時に最初の手術で殆どの卵巣を摘出、療養中は薬の重い副作用で音楽練習もままならなったそうです。

また、その後に再起をかけた歌の道でもデビュー曲録音の最終段階で再び病が再発、二度目の手術を余儀なくされました。
二度目の手術で病を受け入れられなかった若生さんは、大好きな音楽やフルートに封印したものの、病院のベッドからみていた朝の連続ドラマの劇中歌に励まされ、そのドラマの脚本を書いた内館牧子氏に偶然めぐり会い、ジャズの名曲にオリジナルの日本語の詞を書き下ろしていただいてます。

音楽大好き少女が一転、病で度重なる手術などで音楽の道をあきらめて、でも病床から耳にした歌に勇気をもらい再度持ち前の明るさと、フルート、そして新たにめぐり合った「歌」で自分の道を取り戻しつつある若生りえさんの心に秘めた自分の使命は「同じように病で苦しむ女性達の励みになる音楽を伝えたい」という事です!

『得一』放送後記 3月2010年3月24日(水)

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誰しもががんばって生きている現代社会、時には歯をくいしばってでも。でもそんな頑張りが『心のドライアイ』を招いてしまいやがて心の歪みとなったら・・。
3月は、六つの漢字で感情表出し、思いのたけを書にする井上心泉さんをご紹介しました。

井上さんは第一線のキャリア管理職として、工芸品を扱う会社でデザインからセールスまで多数の部下をしたがえて精力的に仕事をこなしていましたが、家庭と仕事の両立や様々なストレスから「パニック障害」を発症しました。
19年産休もろくにとらず突き進んできた職場を離れて、なすすべも無く落ち込み・過喚起・どうきなどに悩まさられながらもその苦しい自分を吐き出す「書」に出会い、以来半年間に渡り、良き書道の師に出会い、独自の「六句の詩(ろっくのうた)」を編み出し、いつしかこれを読んだ人々から共感を得て、初の個展にこぎつける様子を番組にしました。

「人前では明るく元気な人、だから自分には今まで泣く場所が無かった。」、浴室で一人シャワーを全開にして大泣きしてこともある井上さんは、今一人から発した「六句の詩」で、同じように人知れず心に想いを封印してしまった人々の、書を通じた「泣き場所」を創設。最後にはみんなで微笑会える場所を築くべく・六句を共に学ぶ自前の教室や高齢者施設などのボランティア活動で自らのパニック障害の克服と、六句による心の表現の楽しさを普及しています。

『得一』放送後記 2月2010年3月1日(月)

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2月の得一は知る人ぞ知る、あのインディ-ズレーベルで人気のロックグループHARISSをメインボーカル・ギターのAkiraさんの音楽の軌跡を通じてご紹介しました。

HARISSは現在都内のライブハウスを中心に、全国をツアーするバンド。
ヴォーカル・ギター・Akira、ギター・Seiji、ドラムス・Takahashi、スラッピングベース・Yujiの4人は、結成前それぞれの演奏活動で人気をはくしていました。
取材対象のAkiraさん〔本名:上野聡さん〕と弟のYujiさんは郷里の北海道から上京、友人1人を加えた3人のバンドでメジャーレーベルよりデビューした経験を持っています。
それまで愛してやまなかったロック。しかし商業的なプロの世界では「好き」より「売れる」事が求められ、それは、やがてバンドの解散をもたらし、Akiraさんは一時音楽を捨てようとまで考えたそうです。

今回の取材では、本来プライベートな面を露出しないミュージシャンの実生活面もあえてご紹介できた点で、Akiraさんの得一への理解と勇気に感謝したいと思います。
現実的な生活が必ずしも「創造的」な音楽生活を阻害するどころか、かえって新たに音楽を産み出す原動力にもなるというAkiraさんの実感を語ってくれています。
プロの世界に一度は夢破れたものの、その「現実生活」によって蘇る音楽スピリッツ。
そこへHARISSの旗の下集まった4人の結束。血気盛んな20代とは違う深みを増した30代のロックは
番組放送直後から寄せられた幅広いファン層の声に象徴されるように、音に込められた魂をたくさんの人々が共感しています! がんばれAkiraさん、HARISS forever!

『得一』放送後記 1月2010年1月27日(水)

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今月はあの未曾有の被害を大都市にもたらした阪神・淡路大震災の15年後を、J:COMチャンネルのスタッフでもあるフリーディレクターの山本きららさんを通じてご紹介しました。

山本さん自身、中学生の時に神戸で震災を体験し、当時、鷹取教会に併設されていたコミュニティFM局で、在日外国人被災者の為に各国の言語で生活情報を流し続けるボランティア活動を経験したのがきっかけでメディア関係の仕事に進んでいる方でした。

その山本さんが毎年郷里に戻り、1.17追悼ボランティアを欠かさずしているということをふとした事から知り、今回の番組化の端緒が生まれました。
山本さんに、昨年行われた長田の追悼模様をマスメディア目線ではなく、同じ被災者の視点から撮影していただき、来場者の方からの貴重なコメントを頂きました。その映像からは、15年が経つ今も、失われた命や思い出、焼けた街など言葉には言い尽くせない深く刻まれた記憶が被災された方々一人一人に今も残っていることが伝わりました。

また、関連取材でご協力頂いた東京消防庁ハイパーレスキュー隊の川村隊長のインタビュ-では、現在のレスキューの原点ともなった、当時現地で「救えなかった命」への悔いと、いかに尊い命を災害から守り・救えるかという涙の上に立つ不屈の精神もお伝えできました。

一方、居合わせた人々が助け合う事、それが大災害に直面した時に残された最善の策、そんな庶民の底力を感じさせる墨田区向島の「京島南レディース消火隊」のおばちゃんたちの下町パワーは、将来首都東京を襲うであろう震災の脅威に、一筋の希望と勇気を与える取材となりました。

改めて阪神はじめ最近まで発生した様々な災害の犠牲者や被害者の皆様に、心からの哀悼とお見舞いを申し上げます

『得一』放送後記 12月2009年12月22日(火)

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2009年締めくくりの得一は、東京から飛び出て(といっても予算ゼロ番組だから画像だけ!)岩手県遠野市の語り部の取組みをご紹介しました。

遠野とくれば柳田國男が記した「遠野物語」が有名ですね。 その本が発刊されて来年がちょうど百年にあたり、当地遠野市では柳田が遠野の地に昔から伝承されてきた説話などを知るきっかけとなった「語り部文化」を中心に記念行事を行っており、今回はその様子を現地ケーブルテレビ局の遠野テレビさんと遠野市にご協力を頂き制作しました。

今回特別に、得一のためにはるばる遠野から市のご担当者と、小金井在住で柳田文学の研究者のほか遠野は土淵小学校の子供語り部三人の皆さんが、可愛らしい語りを披露下さり、視聴者の皆さんからも多くの反響を頂きました。

美しい遠野盆地と山々、河童が住むといわれる川。
遠野の自然とそこに暮らす人々の営みが育んだ様々な伝説や説話などを生き生きと遠野の言葉で語る「語り部」の育成は、大人から子供まで幅広く郷土の文化を見直し古里を改めて好きになる活動は感動を呼びました。 思わず遠野に行きたくなりました。

『得一』放送後記 11月2009年12月1日(火)

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国際的な演奏活動の日々、もとヴィオラ大好き音大生は今でも、そのスケジュールの間をぬって日本に戻り、今でも現役で多数のオケを指導する祖父や、子供たちを育成する母のために自らも指導を補助する一方、地方の学校への出張コンサートや病院施設の慰問演奏を家族と共に行っています。

一年に渡る取材期間中、現在矢谷明子さんが暮らす、ヴァイオリン職人A・ストラディヴァリの街としても有名なイタリア北部のクレモモナの様子を、番組の為に自ら撮影頂いた場面は、得一始まって以来の「海外ロケ映像」!
明子さんいわく、「演奏家として楽器作りの心を学んだ」という事ですが、ナンチャって現地ロケで「番組作りの心」も分かって下さったようですよ!

矢谷明子さんは、祖父・そして母・恩師などの音楽を愛する心を受け継ぎ、ヴィオラの重厚で温かい響きで人々に安らぎと元気を届けていますが、来年からは国内でも本格的な演奏活動が始動するそうです!

『得一』放送後記 10月2009年10月30日(金)

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10月の得一は知る人ぞ知る指笛音楽の奏者 田村大三さんをご紹介しました。
今回は久々に厳しい取材環境でしたね。
と、いうのも取材対象の田村さんご本人は、取材を開始した当初、折からのご高齢からくる圧迫骨折で自宅療養中に転倒し、脳内出血で自力歩行の出来ない重い障害を抱えてらしたからです。

ご本人だけでなく、その後たどりついた田村さんを親しく知るピアニストの方も取材依頼のやりとりの最中、多発性癌で亡くなるなど、八方ふさがり!

唯一の「証言者」は田村さん直筆の「60周年史」。取材開始から約一年、補足的な取材ができないまま放送を決定。偶然にも、ご家族からの6年前のご本人の肉声インタビューや過去の記念公演VTRなどの提供が「救い」となり、何とか54分番組にこぎつけました!

田村さんは大正時代に生まれ、今96歳。小学校6年生の時に、郷里秋田県仙北で、体育教師が合図で吹いた指の笛に魅せられ、しかもこれを誰からも教わらず(世界中のだれもしてなかった事)音楽として完成させた事は改めてすごいと感じましたね。

しかもその指笛を21歳で神田の街頭で一人吹き始めるところもすごい!
その支えとなったのは、キリスト教の信仰、しかも田村大三さんは実は牧師さんの資格をお持ちで、指笛音楽は「路傍伝道」の手段としたのが原点で、単なるストリートパフォーマンスの走りとかでは無かった事も、番組にして改めて感銘を受けました。

もし映画音楽ファン、とりわけゴジラ映画のテーマを作曲されたかの伊福部昭氏にご興味のある方は、昭和34年東宝映画「コタンの口笛」を同氏が手がけた際に、アイヌ民族の苦悩とたくましさを表現するテーマ音楽に、哀愁あふれる田村大三の指笛を特別な楽器として採用されたことをご存知では。また、その時「いつかティンパニーだけで田村氏に演奏を」と告げたということで、のちのち田村さん自身が1993年の「80歳記念公演」で演奏されており、これらを同時に収録しているのは唯一「得一」!必見です!

『得一』放送後記 9月2009年09月28日(月)

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9月は、久しぶりに平和について触れるテーマとなりました。
企画段階から実際の取材までの期間がかなり短くて、素材が充分そろうのか、やや不安を抱えながらも、関係者の皆さんのご協力で情報・資料・証言を集める事ができました。

正直言って「物」が主役の得一は初。しかも被爆ピアノ!もの言わぬピアノにどう「インタビューするか」がチャレンジでしたねー!
8月9日「未来への伝言」という被爆ピアノ平和コンサートを基点に取材を続け、企画の中心となる練馬区在住の朗読家・飯島晶子さんがピアノと朗読コラボレーションを始めた経緯から紐解くものとなりました。

 飯島さんと被爆ピアノを結びつけるきっかけを作ったジャズピアニスト西郷氏の、被爆者の父をもつ広島のピアノ調律師・矢川さんの楽器を愛する心への共感。
 疎開先の鹿児島で、幼い頃に空襲を体験し、戦後、谷川俊太郎氏のエピローグ「原爆を裁く」「五月のひとごみ」に曲をつけ、40年ぶりの演奏を披露した、人間国宝・杵巳流家元 杵屋巳太郎氏の平和への願い。

それらが融合し、さらに、おおたか静流氏や谷川賢作氏、そしてクラーク記念国際高校の100人のジョイントで、時と世代を超えた、音楽というピアノのメッセージとして完成・・その一連のエピソードを通じて、被爆ピアノに声無き声のインタビューが頂けた気持ちでいます。

『被爆ピアノ』は絵本としても毎年8月になると、書店の店頭に並びますが、その一節にあるように、

一音が原爆で痛められた心を蘇らせ、音楽を愛する心が人間に残る限り、人類に平和の希望が残る
そんなメッセージが聞こえてきます。

なお被爆ピアノは、あくまで非政治的に平和を伝えながら、近く原爆を投じたアメリカにも渡る準備を進めているとの事です! 頑張れ音楽!頑張れ被爆ピアノ!

『得一』放送後記 8月2009年08月27日(木)

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8月はまぶしい夏の日差しにピッタリの三十路チアダンスチームCuriousの皆さんをご紹介しました!きっかけは、あのJ:COMチャンネルの人気番組「ステキにダイニング:style」の明るいナレーションをいつもされているアナウンサーの西山えり香さんがCuriousのコアメンバーで、昨年夏に小金井市の東小金井北口商店街エコサマーフェスティバルのステージでパフォーマンスしたって近所の定食屋さんのオヤジさんから教えてもらったことから始まりました!

取材に入る前に見たHPの虎ノ門の屋台路上ライブはえらいインパクトあり!で、様子を西山さんに聞き、早速下北沢のライブハウスなど取材開始!
確かに皆さん「アラサー」でしたが、ものおじせず、思いっきり楽しんで周りも元気にしちゃうその不思議なステージパワーに圧倒されました!メンバーのだれもが仕事や家庭、子育てと今どきの30歳代の女性のライフスタイルをお持ちですが、このチアという「大人の部活動」がさまざまな事情を超えて、メンバーにかけがえの無い「絆」を生んでいる事・周りを励ますつもりが自分が励まされているところに、何とも明るく・爽やかな、奔放な三十路ギャルを実感しました!

スタイル・ジャンル、そしてパフォーマンスの場を選ばない神出鬼没なCuriousは、新メンバー拒まず!
また今考えているのは、どこかの老人ホームなんぞでお年寄りをチアしたいとか・・・・
詳しくは、Curious☆Web:http://cheercurious.web.fc2.com/  E-mail:cheercurious@yahoo.co.jp

『得一』放送後記 7月2009年07月29日(水)

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7月の得一はノリのいいビートが響く教室模様をお送りしました。
ドラムサークルとはアメリカで誕生した打楽器アンサンブルを通じたコミュニケーションレクのようなものですが、
そのノウハウに触れて、実際に2003年以来音楽授業に取り入れた、板橋区立高島第五小学校の菊本るり子先生の着眼点や、
生徒達の反応、そして思わぬ効果をドラムサークル教室最前線としてお伝えしました。

得一をよくご覧になる皆さんは「あ、あの緑のカーテンの先生と同じ人だ」とお気づきになったと思います。
そう、ひょうたんからコマみたいですが、緑のカーテンで菊本さんを取材したらドラムの取組みが飛び出てきたんです!
ドラムサークルって自分もまわりも元気になる、だから授業に取り入れよう、という発想は緑のカーテンと同じ。
菊本るり子さんの「いいものは即子供たちに」の考え方に心打たれ、実は「カーテン」と「ドラム」を合わせた
二部作に仕立てあげてみました。

皆が輪になって、自由に演奏することは、いつの間にか他の参加者の気持ちを感じ取るようになる「社会性」を育み、
一定のリズム演奏は、教室で問題行動を起こす子供たちの改善に効果があると言う事が、最先端「脳神経学的研究」
で解明されています。
それは教室の範囲を超えて、今現代人に欠けるコミュニケーションの気迫さへの、改善の道を記しているかのようです。
今全国の教育関係者からも注目されている菊本るり子さんとドラムサークル、ぜひ皆さんも体感されることをお勧めします!

『得一』放送後記 6月2009年06月26日(金)

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6月は熱く歌い、深く伝え、ライブに振り向かせるハードコアフォークシンガー松島英生さんをご紹介しました。
アングラミュージックというと、どこか過激・ダーク・破滅的かなと思いましたが、初めて英生さんに出会った
拠点の池袋3-Tri(トライ)のライブステージぶりは
確かに「最初コワッ!最後泣かせる」歌いぶりでした。

あくまでアマチュア、正業は某新宿の大手ホテル社食の調理師。でも多くの音楽関係者や路上ライブファンは、
音楽的な飛躍を心待ちにしているようです。
プロだのアマだのしのごの言わず、歌い続けて、英生的な人生観や日常性→これを「松島節」と人は呼ぶ
を叫び続ける366連発ライブ宣言の2008年11月以来、6月・出身地大阪での凱旋ライブ200回達成と、
意欲的にライブハウスのジョイントや路上で、とにかく毎日歌っているのです。

しかしつい先週、職場で左足に煮えた油をかぶり、大火傷という事故!過激にステージする英生さんにとっては大ピンチ!!
それでも彼は足を引きずり、今日も路上へ・ライブハウスへと挑んでいます!366連発ライブの自分への約束を果たすため!
得ちゃんも池袋3-Triへ応援にいくつもりです! 頑張れ英生!」

『得一』放送後記 5月2009年06月03日(水)

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5月得一は、本格的なプロ野球シーズン入りにどこか添う内容をということで、板橋区在住・歌手の杉野強さんの、ある種運命的な歌との出会いをご紹介しました。

野球少年として夢見たプロ野球選手への道と、中学時代の腰の故障からの夢の挫折。
その後、以前から好きだった長渕剛の歌に影響され、目覚めた、歌手の道。
路上ライブで手ごたえを感じて一念発起上京した彼と、あるボイストレーナーを通じて紹介された作曲家の美樹克彦さんとの出遭い。

美樹さんが当時手がけていた作品、戦後プロ野球界を揺るがした八百長疑惑・いわゆる「黒い霧事件」で永久追放となった悲運のエース池永正明の復権応援歌『翼は折れても』。

杉野さんは、「道を断念する」経験を同じく持ち、野球を愛する者として、世間の非難や誤解をものともせず、奇跡の復権が実現した2005年までのおよそ5年間、全国の路上でライブを通じて池永氏の名誉回復を、同氏を支援する復権会と共に訴えてきました。

関係者のご協力を得、現在、福岡在住の池永氏からのメッセージも頂き、放送しました。
コメントの中には復権後もスポーツ紙の取材では語らなかった同氏の想いの部分もありましたが、今回はあえて音楽表現者の側からの番組として綴りました。

手探りで上京し、いきなり社会的にも課題のある「疑い」「制裁」と「復権」をテーマにした歌との出会った杉野さんは、無心に白球を追った心そのままに、今も人の心に届く歌を作り続けています。

折りしも5月は裁判員制度が歴史的なスタートを切った月。一曲の歌に込められたある野球人の復権応援歌のメッセージはその重さを増している気がします。

『得一』放送後記 4月2009年04月24日(金)

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4月の得一は、鎌倉時代以後、僧侶の説教が次第に芸能化した「説経節」の若松若太夫をご紹介しました。

説経節は、説経浄瑠璃とも言われ、三味線の弾き語りや時として人形(例えば八王子車人形)とも共演する古典芸能で、後に講談や人形浄瑠璃、現代では演歌などに影響を与えた日本人の哀歓に訴える芸能と言われています。

その江戸期以降に興隆を見せた若太夫一門。殊に明治から大正期に嘉納治五郎・村井玄斎・横山大観などに支持された、初代若松若太夫・同二代目。
そして、平成に三代目として襲名し、若松一門の家元である、東村山ふるさと歴史館の学芸員・小峯孝夫さんを、その芸の継承と共に「説経節」の趨勢を番組ではお伝えしました。

芸能の宿命ともいえる世間の関心や、戦争など時代の荒波に継承が断絶する危機とそれを放っておけない人達によって蘇生・再び継承される事になったのが説経節。その数奇な歩みと、今に生きる歴代若松若太夫の妙技は、三代目若松若太夫もいう「人が演じ継承するからこそ」命宿る芸能である事の重要性を痛感する取材となりました。

今幾世代に渡り受け継がれている多くの古典・芸術・技法などは、どれも現代に託された先人達の深い想いが託されている事を忘れてはいけないだけでなく、一度博物館の展示資料と化すると真の姿は二度と再現できない。「伝統」は生きて継承されることの重大さを、中世以来時代を超えて人々の心を潤す平成の説経節・若松若太夫の芸への執念にそれを垣間見ました。
皆さんも理屈抜きで一度、これら古典芸能を体感して頂きたいです。

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